俳句を書けば、人生が豊かになる

 
あなたは俳句を書いていますか?
 
これにイエスと答える人が日本に一体何人いるだろう?
 
そんなに多くないはずだ
ただ、前世の記憶を思い出してほしい
昔は多くの日本人が素晴らしい俳句を詠っていた
 
なんで俳句の文化が薄れたのか
 
一つの大きな理由はカメラの台頭だろ
 
昔の人は、素晴らしい景色を観た時に、俳句を詠うことで、景色を自分の記憶の中に留めようとした
 
その景色を見た時の感情やありのままを5 7 5 の計17文字で収めようとした
 
制限があるからこそ、そこには表現の巧みさが生まれるし、人々の心を打つきっかけを生み出す
 
ただ、今はカメラがある
 
美しい景色を見たら、ひとつのボタンを押すだけで、景色を保存することができる
 
景色を見ながら、あーでもないこーでもないとことばを紡ぐことはない
 
写真を撮ることと、
俳句を詠うことの決定的な違いはどれだけの時間を使って、どれだけ考えるかだ
 
俳句の方が何倍も考えるし、何倍も時間を使う
 
だから、俳句一個に自分の感情がふんだんに含まれている
 
対して、写真はいくらでも撮れる分、一枚一枚に対する思い入れが少ない
 
もちろん、写真には感情が含まれないとは言っていない
 
ただ、往々にして、人の心を打つ写真は非常に長い時間を費やされている
 
俳句を作るにはこの時間的要素が強制されるのだ
 
そういう、昔の自分の感情を想起させる物がたくさんある生活を想像して欲し
 
凄く楽しそうではないだろうか
 
人は誰しもが過去を辿って今の自分がいるのだ
 
そんな昔の過去を感情を伴いながら思い出すことができる
そんな贅沢なことができるのが俳句なのだ