「誰かに褒められたいから」そんな理由が働きがいだっていいじゃないか

 
 
今日は部長が会社の指示で僕たちに働きがいについてプレゼンしていた。
 
そのプレゼンはディスカッション時間が設けられてて、皆が自由に各々の意見を発言していた。
 
「誰かに褒められると嬉しい」
それが働きがいだと主張する人がいた。
最初僕はそれを聞いた時、なに言ってんだと思った。
そんなんじゃ、いつまでも自分のモチベーションが外的要因になっていて、モチベーションが安定しない。
もっと自分の中に明確なビジョンを持ってそれに対して向かうことでモチベーションをあげなきゃでしょと。
 
その考えを立証するかのように自分の過去を振り返った。
しかし、出てくる記憶は往々にして他の人から褒められてモチベーションが上がった時だった。
自分の考えと、過去の自分の感情との違いに戸惑いを感じた。
 
そこで、思った。
あーなるほど、さっきの内的要因が必要だって考えたのは僕じゃない。
最近読んだ本に書いてあることだと。
世間では、他人のために生きるのではなく、自分の人生を歩む。
自分のやりたいことをやる。
そんな主張が世間では溢れているし、実際に行なっている人もいる。
 
20年前の日本では定着しなかった考えだろうが、インターネットが発達し、大企業がいつ潰れてもおかしくない時代では、そんな意見が出てくるのは不思議じゃない。
 
でも、やっぱり人ってのは誰かの役に立つと嬉しいものなのだ。
誰かに喜んでもらいたいから、誰かに認められたいから、頑張る理由が外的要因だとしても、それは立派のモチベーションの原点だ。
 
好きなことをやりなさい
自分の人生を生きる
 
十分に大切なことだ。
納得のいく人生を歩むには自分の声を聞くのは大切だ。
 
ただ、これが全てみたいになってしまい、独りよがりになってしまっては駄目だ。
 
本当に人が自分の能力を活かしきるのも他人のためだったりするからだ
 
だから、他人のために働くのがモチベーションの起因であってもいいのだ