色んな人に知ってほしい。工場で働くってことがどういうことかを
僕は、4月にあるメーカーに就職した。
入社した新卒は3ヶ月間を工場で働かされる研修があるのだが、
工場で働くことこれほどまでに大変で、それぞれの人がもっている人間らしさというものを殺すとは思わなかった。
工場で働いていると、まるで自分がロボットであるかのように感じる。
その理由は二つある。
理由の一つ目は、工場に刺激的な物事が全く起きないからだ。
もちろん、工場の事務業務、上層の意思決定に携われるのであれば、答えはイエスになるかもしれない。
しかし、工場の末端である作業員に「刺激的な仕事場か?」と問えば、
間違いなくノーと返ってくるはずだ。
そこには、日々変わらない単純作業、徹底されたコスト管理、時間意識、効率性の向上が求められる。
いつものように配置について、いつものように物が来たら作業を施して流す。
また新しい物が来て、ちょっと手を加えて、また流す。
この作業を繰り返す。
まだ一つの製品を1から作り上げるのであれば、達成感を感じて日々のモチベーションも上がり、どうやったらもっとうまく作れるか?と改善を企図するかもしれない。
いわゆる職人技と巷で取り上げられる形式だ。
しかし、効率性を求められたライン作業では、細分化されたある工程の一つしか出来ない。
毎日淡々と、業務上の変化を感じずに同じことをやり続けるのだ。
場所が変わるわけでもなければ、物が変わるわけでもない。
変わらない景色の中、変わらない物を、変わらない作業やり続ける。
何も変わらない。
「自分がこれをやる意味があるのか?」
「なんで俺は今これをやっているんだろう?」
こんな疑問を呈してしまったら駄目だ。
直ぐに、作業の効率性は著しく低下し、時間制限をオーバーをしてしまう。
無心になることが何よりの秘訣だ。
そうやって人は自分らしさを仕事から消していく。
二つ目の理由は、目が死んでいる人が多く居ることだ。
工場には様々な業務体系がある。
中には、朝早くから働いている人もいるし、夜中働く人もいる。
そんな人達の目は、輝きを失っている。
特に工場の夜勤は悪夢だ。
夜中の4時に製品のネジを回し続けるのだ。
気が狂わない方がおかしい。
そして、そんな彼等はこの単純作業を30年~40年もやり続けるのだ。
はてしてそれは楽しいだろうか。
楽しいはずがない。
工場の人達と接してきたが、彼等のほとんどが人生の楽しみは、
パチンコ、車、パズドラと答えていた。
日本の課題として、産業の空洞化が挙げられている。
しかし、工場で働いた経験がある今、これはある意味よかったと思える。
どうせ、工場の仕事はロボットに変わりつつある。
むしろ、今までは人がロボットになっていた。
それなら、工場で働いている人をもっとロボットじゃ出来ない仕事に就けるチャンスがあった方が良い。
産業の空洞化はある意味、多くの人にそのチャンスを与えたのではないかと思う。